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雑記帳.WEB

雑多なことを雑然と。

遅読ノススメ

だいぶ前から速読がもてはやされていますね。本をパラパラパラパラ―――!!!って高速で捲って、スーラスラスラスラ――――!!!って内容を把握するアレです。そこまで速くなくても、見開き30秒くらいで本を読んでいくタイプもあるようです。文章の要点だけをピックアップして読むことで普通に読むよりも要領よく本の内容を頭にインプットすることができるようです。そいつぁすげぇや!

 

しかし、本当にそれでいいのでしょうか。内容を把握するだけが読書なのでしょうか。

 

人生で長文を書く機会はそれなりにあります。小学生であれば作文、受験生は小論文、小説好きなら自作小説、新聞部なら学校新聞、社会人なら会議の資料など、誰もが文章を書くということを経験しているはずです。

 

思い出してみてください。作文で400字詰め原稿用紙を2枚埋めるのにかかった時間を!45分!大体45分!1コマで書き終わらないときは1時間!頭を悩ませて書いたじゃないですか!早い人だと15分!それでも15分!15分もあったらお前、1.5km先まで歩けるぞ!読書感想文!貴重な夏休みを1日費やしたでしょう!僕は書いたことないけど!多分1日費やす作業だと想像しています!学年新聞!共同作業者とワイワイしながら!先生にダメ出しされて手直ししたり!時には読者であるクラスメイトから「こういうこと書くから面白くなのよ。ボケが」と言われたり(実話)!紆余曲折あって出来た1枚の学年新聞!取材込みでかかった日数、実に1週間!印刷にかかった時間15分!

 

そして、そしてですよ!例の45分かけた作文ですよ!クラスでみんなの前で発表することになりました!教壇の前に立つという非日常に心臓バックバク!同級生の視線グーサグサグサグサ!「夏休みの思い出。3年2組、伊吹吾郎。ぼくは、なつやすみにお父さんとお母さんといっしょに北海道へ行きました。ぼくじょうに行きました。牛がいっぱいいました。お父さんが、牛のおちちをダイレクトにのもうとして、ぼくじょうの人におこられました。おもしろかったです。お母さんは、『お父さんばかだね。吾郎はコップで飲みなさい。』と言いました。こわかったです。ぼくは、羊にエサをやりました。かわいかったです。(中略)北海道はすごく楽しかったです。行ってよかったです。また行きたいです。おわり」拍手パーチパチパチパチ!照れ笑いニーヤニヤニヤニヤ!発表にかかった時間、2分弱!45分かけて書いた作文を音読すると2分弱!黙読だと1分強!速読だと?15秒くらい?ホントに?本気で言ってんの?あ、そう、じゃあそうなんでしょう!おそらく15秒でしょう!

 

さらに例の学年新聞!先生が列ごとに印刷された新聞をパーラパラパラパラと配る!その場で読む児童、1/3!残りはそのまま連絡帳へIN!最悪の場合、帰り際にゴミ箱へIN!次の日帰りの会で行われるクラス会議!「誰ですか、新聞委員会の人ががんばって作った新聞を捨てたのは?!」怒り狂う先生!しょんぼりする新聞委員会の子!うなだれるその他大勢!「正直に名乗り出て謝れば解決することです。」クラスを右から左へ睨みつける先生!机を凝視するしかない子供たち!「誰かこれを捨てたところを見た人はいませんか?」抑揚のない声で質問する先生!「はい、山崎君が掃除の時間に捨ててるのを見ました」しゃしゃり出る女子!「は?!おれ、捨ててねーし!捨ててねーし!」2回も捨ててねーしと言って焦る山崎!「捨ててたじゃん!」「捨ててねーし!」「捨ててましたー!」「捨ててねーし!」もはや捨ててねーししか言わない山崎!「捨てたじゃん!」「捨ててねーし!」「捨てた!」「捨ててねーし!」捨てた捨てないの水掛け論が続く!新聞委員会はもう泣きそうだ!しびれを切らす先生!「分かりました。みんな、机に伏せてください。ほら、伏せて。伊吹君!横目で見ない!…みんな伏せましたか」「「「(異様にこもった声で)ふぁ~い」」」「先生も本当はこんなことしたくないんです。でもみんなが正直に話してくれないから仕方がないんです。学年新聞を捨てた人は、今、正直に手をあげなさい。大丈夫、先生しか見てません。伊吹君!見るなって言ってるでしょ!…はい、もう誰も見ていません。さあ、正直に手を挙げてください。学年新聞を捨てた人!」10秒弱の間!緊迫する教室!鼻をすする新聞委員会!静まり返る教室に響く先生の大きな溜息!「…分かりました。みんな、顔をあげて。」顔を上げる子供たち!その視線はどこか定まらない!「とにかく今後このようなことがないように気を付けましょう。日直!」「起立!」ガタガタと立ち上がる子供たち!「注目!さようなら!」「「「さようなら!!」」」足早に解散する子供たち!我先に下駄箱へ向かう山崎!しかしそんな山崎に衝撃が走る!なんと、先ほど自分を名指しで吊し上げた女子が先生と話しているではないか!目を丸くする山崎!まさかあいつ…さっきのはおれに罪を着せるために…?!疑心暗鬼になる山崎!山崎はこのあとどうするのか?!To be continued!

 

というのは完全なる脱線なわけですが、本題に戻りましょう。

それだけの時間をかけて書いた文章が、速読ではものすごい速さで消費されてしまうのです。あんなに頭を悩ませて書いて、何度も推敲して、「ここの表現はどうしようかな、やっぱりこうしようかな、これよりこっちの漢字の方が見た目かっこいいかな」などと悩んで書いたものが、ビュビュビュビュビュ―――――――ン!と、すっ飛ばされて読まれていくのです。あんまりじゃないですか。それはあんまりにもあんまりじゃないですか。そりゃ、急いでる時はいいですよ。国語のセンター試験とか早く読むことを要求されるときはいいですよ。でも普段の読書はゆっくり読みましょうよ。こんなゴミみたいな文章でも、ここまで書くのに1時間以上かかってるんですよ。速読されたら1個前のセンテンスまるまる不要論ですよ。完全なる余談じゃないですか。誰ですか、山崎君って。伊吹吾郎にも失礼ですよ。小説は分かった、ゆっくり読もう、でも新書や新聞は速読してもいいだろうって?同じですよ!新書だって新聞だって頑張って書いてる人がいるんですよ!新聞だって意外とクレイジーな表現しているときだってあるんです!新書だってウィットが効いたジョークを書いてる時があるんです!それを!それを速読で読み飛ばすなんて言語道断!言語道断は言い過ぎですけど、ちょっともったいないと思うんです!間じゃないですか!芸術に必要なのは間じゃないですか!一番大事なエッセンスなんですよ!間!ままままままままm!間を計算して書いてる人もいると思うんですよ!それを速読で読み飛ばしたら間も何もあったもんじゃないですよ!間ですよ、間!ママ!ママ―――!ブタゴリラがネギで殴ってきたよ―――!(トンガリ)

 

何も文章に限ったことじゃないんです。マンガや絵でも同じです。ドラゴンボールの中盤以降は1巻5分強で読み終わりますが、書くのにかかった時間は何か月ってレベルなのです、多分。でもまぁ多くの人に読まれているので一人あたま5分でもそんなにアレかもしれないですが、ドラゴンボールファンとしては、じっくりじっくり30分くらいかけて読みたいものです。そして何度も繰り返し読む。アニメも見る。悟空のモノマネをする。そのくらい咀嚼してこそ、愛を高めることができるのです。(そういう宗教?)

 

つまり何が言いたいのかというと、速読もいいけど、たまには遅読で作品を咀嚼するのもいいのではないかということです。書き手側の時間と読み手側の時間に生じる差が、少し寂しいじゃないですか。ぼくはその作品を書いた人が書けた時間の分だけ、その作品を楽しむ時間を持ちたいと思っています。せめて心の中で音読する。そのくらいのスピードで読むようにしています。

 

でも、取説は、速読します。

 

速読って…いいよね!

 

矛盾しながら終わり。