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雑記帳.WEB

雑多なことを雑然と。

神無月

作文

「明日の4時、平田神社に来て」

 秋も深まりつつある10月の放課後、僕は彼女に誘われた。彼女と僕は同級生ということ以外は特に接点はない。どうして急にそんなお誘いを受けたのか戸惑う僕を尻目に、長いおさげ髪が特徴的な彼女は教室を後にした。夕日のオレンジライトが一人残された僕を照らす。金木犀の香りが半開きの窓から流れ込んでくる。いい匂いだな、と僕はひとり呟いた。

 

 翌日僕は彼女に言われた通り4時きっかりに平田神社に赴いた。彼女はすでに到着していたようだ。手には大きな紙袋を持っている。彼女は神社の御神木を見上げて目を細めていた。秋の風が彼女のおさげを揺らす。その姿に僕はしばし見とれてしまった。

「来てたんだ」

 ぼんやりしている僕に気付き、彼女は声を掛けてきた。

「ごめん、遅れた」

「そんなことないよ。4時ぴったり。」

 遠くでカッコウ公園の鳩時計がなく声が聞こえた。カッコウカッコウと4回、時計は時を伝える。その音が鳴り止むと沈黙が流れた。お互いに何も話さない。それはそうだ。僕たちはただのクラスメイト。友達でも恋人でもない。話題もないのだ。となると、なおさら彼女が僕をここへ呼んだ理由が分からない。もしかして告白なのか?こんなにかわいい子が僕に。いや、ありえない。夢を見るのはよそう。

「これ、何か分かる?」

    藪から棒に彼女は紙袋を突き出した。藤崎の紙袋。ポッコリ膨らんでおり、それでいて重そうな感じはしない。

「何だろう、分からないや」

 僕は正直に答えた。すると彼女は少し悲しげな表情で

「そっか。意外と薄情なんだね」

 と言ったのだ。薄情?そんなこと言われる筋合いはない。僕は少しムッとして尋ねた。

「じゃあ何が入ってるのか教えてよ」

「大事なものだよ」

 彼女はさらっと言った。大事なものと言われてもピンとこない。

「僕と君の二人に関係があるもの?」

「うん。いや、違うかな…。ううん、やっぱり私たち二人に関係があるもの」

 そういうと彼女は再び御神木を見上げた。僕もつられて見上げる。大木は枝を大きく広げており、そこに茂る葉は赤く色づいていた。その木葉の隙間からきらきらと夕日が零れる。それはまるで赤いプラネタリウムのようだった。

 しかし、彼女が見ていたのはそんな風景ではなかった。すっと手を伸ばし、御神木のある場所を指さした。

「あれが見える?」

 僕は彼女が差した場所を見た。そこには古く錆びついた1本の釘が刺さっていた。

「何あれ。丑の刻参りの跡?」

「全然違う。」

 彼女はぴしゃりと言った。たしかに丑の刻参りの跡にしては位置が高すぎる。

「じゃあ、何?」

「あれはね、千羽鶴を掛けるための釘だよ」

千羽鶴?」

 僕はキョトンとしてしまった。すると彼女は例の紙袋から色鮮やかな7色織の千羽鶴を取り出した。そしてそれを御神木に掛けたのだ。それから二度手を叩き、深々と一礼した。横目で僕にもやれ、と訴えかけてきたので、訳も分からぬまま同じように参拝した。

 

「この千羽鶴はね、代々私の家で作って、この時期になるといつもここにつるしに来ているの」

 彼女はぽつぽつと語り始めた。

「御神木には神が宿る。この木に宿る神様は、年に1度この千羽鶴に乗って出雲大社で行われる会議に出席するのよ。千羽の鶴が遠い遠い出雲の国まで神様を運ぶの。私たちが作った千羽鶴で。雲の合間を縫って、七色の鶴たちが列を作って飛んでいくのよ。その様子はまるで大きな虹がかかっているみたいで、それはそれは美しいんだって。いつもの虹なんか比じゃないくらい綺麗なんだって」

 彼女は目を輝かせてそう言った。この子、頭打ったのかな…。そんな考えは胸の奥にしまい込んで、僕は彼女に尋ねた。

「でも、それは君の家だけの話でしょ?僕は関係ないじゃない」

 彼女は怪訝そうな顔をして僕を睨んだ。その迫力に思わず怯んでしまう。

「関係ある。おおありよ」

 きっぱりとそういって彼女は僕を見つめた。秋風が彼女の髪を撫でる。風にたなびくその毛先はふわりと僕の鼻先を刺激した。金木犀のような甘い香り。それに何て柔らかいのだろう。

「あなた去年の冬、一緒に千羽鶴作ってくれたでしょ?」

「え?」

    突然そう告げられて僕はドギマギした。手汗が止まらない。

「やっぱり忘れてたんだ。薄情な人」

 彼女は大きくため息をついて神社の階段に腰かけた。またしても薄情と言われた僕は、なんだか分からないが妙に慌ててしまった。だって千羽鶴を折ったことなんか全然覚えていないのだ。

「ほら、去年の冬、雪がすごかった日があったでしょ?あの日の放課後、私はひとり教室で鶴を折ってたの。毎日少しずつやらないと今日に間に合わないと思ったから。その時よ、あなたが私に話しかけてきたのは」

「僕が話しかけた?君に?」

「それも覚えてないの?信じられない。最低」

 最低とまで言われては黙ってられない。僕も反撃することにした。

「だって君と初めて会ったのは今年の春だろ。初めて同じクラスになったんだぞ?それに君みたいに長いおさげの子なんか滅多にいないから忘れるはずがない」

「髪型でしか人を区別できないの?へたくそな漫画家みたいね」

 彼女は鼻で笑ってそう言った。なるほど的確な例えだ。だがしかし僕だってそんなにアホではない。第一、彼女のようにかわいい子をそう簡単に忘れるわけがない。

「そうじゃないけど」

「覚えてないなら無理しなくていいよ。私だけが覚えていればいいもんね。本当に嬉しかったんだよ、私。鶴を折るような単調な作業って結構つらいから、手伝ってあげるって言われた時は本当に嬉しかったんだから」

「そうなんだ」

「まだピンと来てない?」

「うん、ごめん」

 彼女は再び溜息をついた。今度はあきれたような感じだ。少し胸に刺さるような溜息だった。

「とにかくあの時の鶴がこうして立派な千羽鶴になりました。あなたが作った黄色い鶴ももちろん入ってます。本当にありがとうございました」

 そういうと彼女は神社の階段を下りはじめた。僕と千羽鶴を置いて帰ってしまう。何て声を掛けたら良いか分からずにまごまごする僕。ざわざわと音を立てる千羽鶴。二人の間を吹き抜ける秋風。階段を中腹まで降りたところで彼女はくるりと振り向き、にっこりと笑った。

「黄色い鶴が本当にいたら面白いね」

 その一言を聞いたとき心がざわついた。黄色い鶴が本当にいたら…。僕の脳裏に去年の冬の出来事がフラッシュバックする。

 

 冷え切った廊下。サッカー部の掛け声。静かな校舎。結露した窓。師走の空は早い時間から闇を纏う。数学で赤点を取り居残りさせられた僕はしょんぼりと誰もいない夜の校舎を歩いていた。冬の闇に舞う白い雪は、僕の心をさらに凍えさせるようだ。するとそこにストーブの炎が燃えている教室があるではないか。この冷え切った心を温めたい、そんな思いから僕はその教室にフラフラと入って行ったのだ。

 そこには一人で鶴を折る女の子がいた。寒いのか大判のストールを頭から被って黙々と鶴を折っていた。その姿は不思議と神秘的で、ずっと見ていたい、そう思ってしまった。それで僕は彼女に話しかけたのだ。

 

「あの、良ければ僕も手伝おうか?」

 

    彼女はキョトンとした顔をして僕を見上げた。そしてにっこり笑って黄色い折り紙を僕に差し出したのだ。その数、20枚。うへぇ…と思いながらも、かわいいこの子のためならと折り紙に精を出すことに決めた。無言で鶴を折る2人。素敵な時間だが、どうしても何か話したくて僕は無理やり話題を作った。

千羽鶴ってさ」

「え?」

「いろんな色の折り紙で折るけどさ、本物の鶴って白じゃん?こんな風に黄色い鶴が本当にいたら面白いよね」

 ははは、と僕はひとりで笑ったが、明らかに滑ったようだった。彼女は視線を逸らし、黄色い鶴を折り続けていた。僕はまたしょんぼりして、ノルマをこなすことだけに集中した。

 1時間後、黄色い折り紙はすべて鶴へと変貌を遂げた。机から零れ落ちそうになる鶴たちはなかなか圧巻だった。彼女は鶴を紙袋に入れて帰り支度を始めた。僕は一緒に帰ろうと言う勇気もないので一足先に帰ることにした。

「じゃあ、僕はこれで」

 教室のドアに手を掛けると、背後で彼女が小さな声で

「黄色い鶴、本当にいるよ」

 と言ったのが聞こえた気がしたが、僕は聞こえないふりをして教室を後にした。廊下を歩いていると数学教師に捕まった。明日、再試験をやります。そう告げられて頭が真っ白になり、鶴のことも、あの子のことも、スポンと記憶から抜け落ちてしまった。

 

「思い出したよ。あの時、確かに僕は君を手伝った」

 もうだいぶ下まで階段を下りた彼女に向かって僕は叫んだ。彼女は立ち止ったが、視線は向こうを向いたままだ。

「あの日、僕居残りさせられてさ、いろいろショックだったから忘れてたみたいなんだ。本当にごめん!だから今日、君は僕を呼んでくれたんだね」

 彼女のおさげが輪を描きながら風に揺れる。そしてゆっくりと振り返った彼女の口元は少し緩んでいるように見えた。

「呼んだのは私じゃない!」

 彼女は微笑みながら大声で叫んだ。

「じゃあ、誰が僕を呼んだの!」

 僕も大声で叫んだ。彼女は空を指さして、もっと大きな声で叫んだ。

「神様!」

 空を見上げると、夕方なのに大きな虹がかかっていた。東の空から西の空へとかかる大きな大きな虹だ。その七色の光はきらきらと輝きながら西の方へと移動していった。それはまるで、あの千羽鶴が群れを成して出雲大社へと飛んでいるようだった。

 

 視線を階段に戻すと、彼女の姿はなかった。ただ、金木犀の香りだけが周囲に漂っている。そして御神木の方を見ると、なんとあの千羽鶴がなくなっていた。僕はまばたきが止まらなくなってしまった。

「あの子は神の使いだったのかな」

 そう独り言を残して、僕も家路につくことにした。美しい虹もいつの間にか消えていた。

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おわり

 

 

もう霜月だけど、鎌倉の御霊神社で見かけた千羽鶴に贈る。