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雑記帳.WEB

雑多なことを雑然と。

サンダル

作文

 

 ある朝のことだった。いつものように出掛けようとすると、玄関先に見慣れないサンダルが一足置いてあった。黄色地にピンクのハイビスカス模様がプリントされたビーチサンダルだ。誰かのいたずらだろうか。それとも忘れ物か。その日はひとまずサンダルを家の中に置いて保管することにした。

 次の朝、外に出てみると、またあった。今度は青いビーチサンダル。サイズは昨日のよりも1回り大きいようだ。不思議に思いながらも、放置しておくのはなんなので、やはり家にしまっておいた。

 その次の朝も、やはりサンダルが置いてあった。そのまた次の朝も、その次も、その次も。そのたびに僕はサンダルを回収した。

 ある日、もしもサンダルを回収せずにそのまま置いといたらどうなるのか、と考えた。そこで、その日は放置して、そのまま出掛けることにした。夕方頃、帰宅すると玄関にあったはずのサンダルがなくなっていた。かわりに、小石で重石をした一切れの紙が置いてあったのだ。それは手紙だった。

 

「あのサンダルは お気に召しませんでしたか?」

 

 几帳面そうな線の細いキレイな字で、そう書いてあった。

 これに返事を書くべきだろうか。第一、何故この人は僕の家の前にサンダルを置いていくのか。いや、この文面からするとプレゼントなのかもしれない。何にしろ、この手紙と、大量のサンダルの主は誰なのか。

 その日の夜、悩みに悩んだ挙句、僕はたった一文の手紙を書き、玄関先に、やはり小石を重石にして置くことにした。

 

「サンダル、ありがとうございました」

 

 次の朝、外に出ると昨日のサンダルが置いてあった。鼻緒の部分に、細く織られた手紙が結われていた。

 

「喜んでいただけて光栄です。どうぞ、このサンダルも貰ってください」

 

 ひたすら僕にサンダルを届けてくれるこの人を、僕は『サンダルさん』と呼ぶことにした。サンダルさんは毎朝、雨の日でも風の日でもサンダルを届けてくれる。一通の短い手紙を添えて。僕は毎晩、その手紙に返事を書く。こうして2人の奇妙な文通は始まった。

 

「今日のサンダルは梶山で買いました。赤がキレイでしょう?」

 

「本当に素敵な色ですね。僕は赤が一番好きな色です」

 

「あなたに似合えば良いなと思って選びました」

 

「ありがとう。でも、どうしてサンダルを届けてくれるのですか?」

 

「新田さん、赤も似合うけど、緑も似合うと思ったので、今日のサンダルは緑色です」

 

「あなたは僕のことを知っているのですか?」

 

「このサンダルを履いて色んなところへ行ってください」

 

「あなたは一体誰なんです?どうして姿を見せてくれないのですか?」

 

「このサンダルこそが私の姿です。あなたへの思いの表れです。」

 

 こんな感じで、サンダルさんとの文通は、いつも大体話がかみ合わなかった。それに彼、いや彼女、どっちか分からないが、サンダルさんは決して僕の前に姿を現さないのだ。どうしても気になって、僕は一晩中玄関を見張ることにした。

 夜の風が優しく髪を撫でる。人気はない。耳に入る音は心地よい虫の鳴き声だけだ。

 しかし、普段なら一晩起きていることなんて訳ない事だったのに、なぜかその日はつい眠ってしまった。目が覚めると、目の前に赤と白のストライプのサンダルが置いてあった。

 それから何度かサンダルさんの姿を見ようと一晩中ねばったが、どうしても途中で寝てしまうのだ。もう、これは何か起きていられない魔法でもかけられているのではないかと思い、それ以来夜の見張りはやめにした。

 

「私が送ったサンダルを新田さんが履いている所を見てみたい」

 

 あるときの手紙にそう書いてあった。これはいい機会だ。

 

「明日、赤いサンダルを履いて梶山の海へ行きます」

 

 そう書いた手紙をいつもの場所に置いた。こうすれば、もしかしたらサンダルさんが僕の姿を見に、海へやってくるかもしれない。

 

「僕のことを見つけたら、ぜひ声をかけてください」

 

 そう一言付け加えた。

 

 翌日、手紙に書いたとおり、海へ行った。秋口の海は人もまばらだ。ちらほら貝殻を拾いに来る親子や、美化活動をしている地域住民がいるくらいだった。その日は一日、浜で一番目に付きやすい所にいたが、誰にも声はかけられなかった。

 仕方なく帰ろうとした時、あることに気付いた。そういえばこの赤いサンダル、梶山で買ったと書いていなかったか?この辺りのサーフショップや靴屋を回れば何かサンダルさんについて分かるかもしれない。僕は近くの店を次々と見て回った。

「あぁ、このビーサンなら、うちの商品ですよ。」

 5軒目の店で、ついにヒットした。店員いわく、このサンダルはこの店のオーナーの手作りの品で、他の店では売っていない1点物らしい。

「このサンダル、どんな人が買ったか覚えていませんか?」

「う~ん、オーナーなら分かるかも…。ちょっと待っていてください。」

 店員がオーナーを呼びに行った。なんだか胸の鼓動が早まる。

 しかし、結論から言うと、手がかりは掴めなかった。このサンダルはいつの間にか売れていて、いつ誰が買ったのかは分からないとのことだった。やはり、そう上手く問題は解決しないものだ。

 それからも文通は続き、サンダルの山も増える一方だ。ついに靴箱がサンダルで埋もれてしまった。戸を開けるとサンダルの波が僕を飲みこむ。それは、サンダルさんの気持ちに飲まれるのと同じと言っても過言ではないのかもしれない。このサンダルの山があの人の思いの表れ。そう思うと、怖いような、嬉しいような不思議な感じがした。サンダルさんは、今、何を思っているのだろう。

 

「君に会いたい」

 

 僕は手紙を書くごとに、そう付け加えるようになった。サンダルさんからの返事はいつものごとくサンダルについての話ばかりだったが。僕は仕事中も、通勤中も、食事中も、就寝前のねむかけの時も頭の片隅でサンダルさんのことを考えるようになってしまった。まるで、恋でもしたかのように。いや、そう言っても間違いではないだろう。こうなると、もう、その人のことを知りたくて堪らなくなった。

 

「君のことが好きになってしまいました。会いたいです」

 

 ある晩、勇気を出してそう書いた。もしサンダルさんが男だったら妙なことになってしまいそうだが、こう書けば会える気がしたのだ。

 次の日の朝、玄関先を見るといつものようにサンダルが置いてあった。今日のは黒の男物だ。しかし今までと違うのは手紙がちゃんと封筒に入っていたことだ。若草色の地の、黄色い花模様がついた可愛らしい便箋だ。それこそ、可愛い女の子が持っているような、本当に可愛らしい便箋だった。

 そっと封を開けてみる。一瞬ふわりと優しい香りが漂う。中に金木犀の花が一枝入っていた。秋らしいキレイな香りだ。手紙は2枚入っていた。普段は一行二行のやりとりだったので、サンダルさんの長文はどんな感じなのだろうと興味がそそられた。

 

「うれしいです」

 

1枚目には、ただ一文、そう書いてあるだけだった。予想外の短文に少々落胆しながらも2枚目に目を通した。

 

「私もあなたのことが好きです」

 

 それだけだった。しかし、それだけの文章でも何だか心が躍ってしまうのだ。きっとサンダルさんは秋の香りを届けたくて便箋を使ったのだろう。それから僕はその金木犀の一枝を空のジャムのビンにさして、しばらく秋の空気を楽しんだのだ。

 

 

「あなたは一体何故サンダルを送ってくださるのですか?」

 

「今日のサンダルはハワイからの輸入品です」

 

「僕たちは会うことは出来ないのでしょうか?」

 

「何でも似合う新田さんだから、このサンダルも履きこなせますね」

 

「会いたい」

 

「茶色のサンダルなんてレアでしょう?」

 

「会いたいんだ」

 

「サイズ、合わないかもしれないけど、素敵なので送ります」

 

相変わらず、手紙はかみ合わない話ばかりだった。特に、僕がサンダルではなく、サンダルさんについて書くと話をそらしてくるのだ。サンダルさんは確かに僕のことを知っている。でも、僕はサンダルさんのことを何も知らない。この差が何とももどかしく、切なかった。

 

夏の初めに突如始まったこのやりとりは、やはり突如終わりを告げた。

それは雪もちらつく11月のことだった。いつものように玄関を見ると、なかったのだ。この数ヶ月、毎日届けられていた色とりどりのサンダルが見当たらないのだ。それはただ、このやり取りが始まる以前の状態に戻っただけのことなのだが、そのときの僕はサンダルがないことに驚きを隠せなかった。

次の朝も、サンダルは届けられなかった。その次の朝も、そのまた次の朝も。サンダルさんは、今、何をしているのだろう。ちゃんと生きているのだろうか。そんな不安が胸をよぎった。こんなにも、あの人は僕の中に入り込んでしまっていた。

 

「もう、サンダルの季節は終わりですね」

 

 サンダルが届かなくなってから一週間後、何となくそう書いた紙を玄関先に置いた。落ち葉を2,3枚、そっと添えておいた。

 次の朝、見てみると紙と落ち葉はなくなっていた。そして代わりに、あの若草色の便箋が置いてあったのだ。サンダルさんが来たのだろうか。封を切ると、今度は3枚も手紙が入っていた。

 

「新田さん、こんにちは。こんなに毎日サンダルを届けられて、さぞ不気味だったでしょう?でも、これには訳があるのです。これまでも何度か、あなたに『何でサンダルを送るのか』と聞かれてはいましたが、答えずにいてごめんなさい。冬が来るまでは黙っていようと決めていたのです。」

 

それは今までのサンダルの謎を解明する手紙だった。

 

「私は去年の夏に、あなたからサンダルを頂いた者です。海辺を散歩している時に、うっかり波にサンダルをさらわれてしまって困っていた私に、あなたは可愛いサンダルを買ってくれたのです。ほんの短い間の出来事でしたから、あなたは覚えていないかもしれませんね。でも私にとっては、とても心に残る出来事だったのです。男の人から物を貰うなんて、それまでなかったから…。その時からあなたのことが気になって仕方がなかったんです。町ですれ違う度に胸が高鳴ったりして、単純ですね、好きになってしまったみたいでした。そしてある時、偶々あなたがこの家から出てくる所を見ちゃったんです。私はどうしても、あの時の感謝の気持ちを伝えたくなってしまいました。でも、いい案が浮かばなくて、何となくあの夏の日、玄関の前にサンダルを置いてみたんです。きっと気味悪がって捨てるんだろうなと思ったのですが、あなたが家の中に持って帰るのを見て、私、嬉しくなっちゃって…。それから毎日送ることに決めたんです。そうしたらある時サンダルが出っぱなしになっていました。私は不安になってしまって手紙を書いたのです。すると、それに返事が来て…私の舞い上がり様は書くまでもありませんね。それからのやり取りはとても楽しかった。時折あなたが私のことについて質問なさいましたが、何だか恥ずかしくて、はぐらかしてしまいました。私はどうにも自分に自信がないんです。そんなある日、あなたからの手紙に『好き』と書かれていました。いつもははぐらかしていた私も、あの時は自分の気持ちを抑えられず、素直に返事を書きました。でも、その後は気恥ずかしくて、誤魔化してばかりで…。ごめんなさい。そんなこんなで、もう冬が来ましたね。さすがにこの時期にサンダルを送るのは、新田さんも困るでしょうから、やめました。でも、あなたはサンダルがなくても手紙をくれた。それが嬉しくて再びペンを執りました。長くなりましたが、事の真相は以上です。」

 

 読み終えて視線を上げると、黄色い花のモチーフのついたサンダルを履いた足が見えた。細くて白い、少女の足だ。

 慌てて顔を見ようと立ち上がると、その足は僕の視線を避けるかのようにピョンっと跳ねて、ブロック塀の方へと消えた。そして、パタパタという、サンダルで走る足音だけが辺りに響いていた。その音が聞こえなくなるまで、僕は身動きが取れなかった。音はどんどん遠ざかり、やがて、消えた。脳裏には去年の夏の情景が映る。そこには僕の目の前で、買ったばかりのサンダルを履き、白いほっぺを赤く染めて、にっこり笑う少女がいた。

 

 来年の夏も、サンダルさんは僕にサンダルを送ってくれるだろうか。そうしたら、僕はそのサンダルを履いて、君を海に誘うとしよう。

 

「このサンダル、気に入りました。今度一緒に海へ行きませんか?」

 

 

 

 

 おわり